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20年以上前体育館トイレでのあるできごとを思い出し、結論づけたこと

毎朝母校の小学校を通り過ぎて、息子を保育園に通わせています。
普段何も考えていませんが、
今朝は体育館から何かを練習する声が聞こえました。
それによって思い出したことあります。

体育館トイレでのあるできごと

当時私は小学校3年生ぐらいでした。
体育館で運動会の練習中トイレに行きたくなったので、
体育の先生に声をかけて1人で行きました。
トイレの入口扉を開けると、隣のクラス担任が手を洗っているところでした。
先生は、当時60歳手前ぐらい。
そのトイレの手洗い場は、鏡の位置がどう考えても高い場所にありました。
子供の私では絶対に届きません。
先生も全く自分の顔が見えていませんでした。

すると先生は私に向かって

『こんな位置に鏡があって、不便だねぇ』と言って出ていきました。

なぜかたまに私はこの場面を思い出すのです。

 

ずっと違和感を抱えていた先生の発言

私はこの記憶に、当時何か違和感を持っていたことも記憶しています。
不便ね~と言い残していった先生に、
私は何も返す言葉がなくぽかんとしていました。
でも私も同じことを思っていました。

『こんな位置に鏡があって、誰が見るんだろう?』

大人でも届かない場所に取り付けた、小学校の体育館トイレの鏡。

 

今の自分だったら、こうするなーと考えながら小学校を通り過ぎました。

・鏡自体をとってします

・低い位置に鏡をつけ直す

 

そもそも体育館のトイレに鏡は必要か?

いや、ない。

なくてもいい。
変な場所にあるから、不便と感じてしまうのだったら無くしてしまえばいい。
それか、低い位置につけ直す。
形状にもよるけど、簡単にDIYできるならすぐ直すと思います。
自分でできなければ業者を手配するとか。

 

そうやってくだらないことを考えていると、ある結論に至りました。

あの時感じた違和感は、

『不便と感じてるならなぜ直さない?』

ということだったのです。

子供なら、じゃあどうする?というところまで考えられなくてもまぁ許せます。

でもさ、いい大人が不便と感じるなら、使いやすく直せば良いと思います。
それを小学生の私に同意を求められても、そりゃ

『?』

ってなりますよね。

 

愚痴や不便はチャンス、次どうするか考える

その先生をディスるわけではありませんが、
あの時言葉に表せなかったものを20年以上たった今、
ようやく結論付けることが出来ました(大げさ)

仕事や日常生活でも、出来ない理由でなく、

では次どうする?

と考えることが自己成長に繋がります。

昔の私は、上司や仕事、同僚の愚痴を家族にぶちまけて、
ただただ毎日が過ぎていくばかりでいた。

ならばどうする?

と次のアクションを考えて行動することで、
つらい状況から抜け出せるでしょう。
その先生は、改善や問題解決思考からは程遠かったのだと思います。
まぁ自分の家だったら違う対応をしているのかも知れませんけどね!

考え方が行動をつくる

あの時の違和感にようやく終止符を打てました。
でもそれは、以前の自分だったら気が付かなかったこと。
こうやって、

『じゃあどうする?』

と考える癖がついたことで判明しました。
大げさかもしれませんが、
そういう日々の考え方って色んなことの気づきには大切ですね!
今日も、あれは?これは?ではどうする?
という思考を繰り返して生きていきます。